おもい



護保険が導入されて25年が過ぎました。体が不自由になったら『介護』の言葉が先頭に立ち、その後を「そうですかあ・・」と家族が、介護職の方々が歩きだします。

市の職員の方はパソコン上で頭を抱えています。

医療の現場では『誤嚥性肺炎』の予防法に近距離で向き合っています。とかく【病】を診て【人】を看るのは難しいと言われている所に歯科衛生士として30年勤務してきました。

『介護保険制度』の経緯を介護認定を受けられた方はどう感じていらっしゃるのでしょうか?

 

93歳で亡くなった母が認知症初期だった80歳中頃に「いろんなことを忘れて行って、寂しいよお」と言っていました。

病気を見付けて病名を聞く事、病名から出る新薬を頂く事、介護認定に時間をかけ介護度〇度と決まる事、厳しい現実の中で【今】に寄り添って出来る事は、「寂しい」に寄り添うだと思いました。

何が出来るかなあ・・私には大好きな『絵』が有りました。

肌着に母がよくしていた『刺し子』の『ちどり』の絵を描きました。

「お母さん。刺し子のふきん、まだ使っているよ」「そう?」

介護が行き詰まった時、白いだけの肌着よりこの『絵』の有る肌着を見てどれだけ会話が生まれ、私自身の心が癒され、落ち着いた事でしょう。

 

介護用前開き肌着に着る方の人生の一コマを手描きしている経緯をお読み下さり、ありがとうございました。

絵を描く始まりは介護からでした。

 

                                                              *Asura ake*